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『随書』倭国伝の記述によれば、7世紀ごろの喪服は白色または未晒しの麻布だったようですが、奈良時代に入ると、唐の皇帝が喪服として着用する錫衰(せきさい)の語が伝えられました。

ところが、唐の時代「錫」の漢字は灰汁で真っ白に処理された上質の麻布を意味するのですが、実物を見たことのない当時の文官が金属の錫(スズ)と誤って解釈したことから、天皇陛下の喪服として鈍色(にびいろ・うす墨色や鼠色)が採用されてしまい、次第に公家階級の間に広まったのだそうです。

一方では、武士階級や一般庶民は浅葱色(あさぎいろ・水色)や白色の裃などを用い、江戸時代になると貸衣装屋から白喪服を借りて葬列を仕立てることが一般的でした。

その後、太平洋戦争の戦況悪化による物資不足から、男性は国民服の左腕に黒布を巻き、女性はモンペの胸に黒の喪章をつけるようになり、戦後は洋服が一般的になったことによって白喪服から黒喪服へと移行していったものと考えられます。合掌


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